2022年夏、不動前駅近くのLOTUS DENTAL CLINICにて「滝と光展—万物流転—」という題で個展が開かれた。絵は大小合わせて総30点。全てアーティストの本間基福氏により描かれたものである。院内に飾られる数々の絵に、道行く人々は物珍しそうに中を覗きこみ、そのまま中に入っていく人も散見された。
医療空間で絵を展示するという、いかにも斬新な個展を企画したのは、「アートと医療の融合」を目指す矢野孝星医師、アーティストの本間基福氏だ。お二人にクリニックで個展を開いた経緯、またアートと医療についてお話を伺った。
(取材・文 四ツ原タカヲ)
—どういった経緯で個展を開くことになったのですか。
(矢野)そもそもこのクリニックの構想時点で、コンセプトを「アート×医療」とし、アートが飾れるデザインに決めていました。メインのテーマは自然や癒しです。患者さんに寄り添った柔らかい空間にしたいと考えていたのですが、そこで本間くんの絵を飾りたいと思いました。滝をモチーフとして描いてほしいというのは構想段階から伝えており、デジタルで水の流れを表現することなども考えましたが、結局は彼自身の手で生きた水を描いてもらうことに決まりました。
(本間)1つ大きな絵を描いてほしいということで、開院の1年以上前からお話を頂いていました。その絵が目立つように内装も考えていくということで驚きましたね。最初に絵のコンセプトを伝えて頂いたときに、クリニックの3Dイメージもないので雰囲気が想像できず手探り状態でした。もともと自分も滝はたくさん書いていて、自身の中に表現したいものもあったので、矢野さんと対話しながら決めていきました。とりあえず滝の秀作をたくさん描き、そこからイメージと合うものを決めて制作開始していきました。
(矢野)その時の秀作やいろんな作品がすでにあるので、今回個展を開こう、ということになりました。ずっと応援していたアーティストなのでうちを使ってもらいたかったのです。その習作の一つ一つがここにかざってあるわけですね。
—お二人は、医療とアートの関わりについてどう思っていますか?
(矢野)本来的にはアートと医療は、いずれも人の癒やしに深く関わるものです。にも関わらず構造的にすごく遠く、そのことに対して問題意識をもっています。本来、病院というのは体がよくなる場所のはずなのに、どうしても空気が重く、行きたくないという心理的反応が起きてしまう。例えば、タバコ吸ったら肺がんになるというポスターがよく貼ってありますが、実際に見るとなかなか心にきますよね。そういう知識が必要なのはわかっていても、です。歯科も同じです。歯がボロボロの病人がいくみたいなイメージが先行してどうしても足が遠のいてしまう。しかしそれ以上に、クリニックは元来、健康な歯や口を目指す場所です。予防目的に、前向きに。そうなると既存のデザインや設計では心理的安心感を担保できないと思うんですね。
(本間)たしかに、私も病院にいくときには、もっとアートとかを取り入れてほしいと思いますね。勿論病院にもよると思うのですが、リラックスが全然できないことが多くて。椅子もギシギシいって不安になったり、壁にも病気のポスターが貼ってあって不安になったり。もうちょっとリラックスできる要素があったらいいな、と思いますが、医療者や現場も忙しいようですし、アートが入る余地がそもそもないのでしょうか。
(矢野)そうですね。色々な意味で病院の中にアートを持ってくるというのは簡単ではない。クリニックにしても、普通、都内でこの規模で内装を作ろうとなったときには機能性だけを考えるんですよ。黒字経営というのはやはり大事なので。お金を生むところは、診療室です。診療室をいかに増やしてどれだけ多くの患者さんを見るか、どれだけ人をさばけるかっていうことがクリニックの機能として重視されるのです。
そうなると待合を小さくして診療室を大きくするという考えに自然となりますが、診療室って大型機械があって配管もあるので、アートが入る余地が殆どないんです。そうなるとアートの入る余地が、狭い受付スペースにしかなくなってしまう。というように考えると、実質デザインする場所が存在しないというのが医療空間の現状ですね。
—簡単ではないということが伝わってきますね。話が変わりますが、本間さんの絵の魅力とはなんでしょう。
(矢野)彼が中学生のとき描いた絵を見てからずっとファンで、それ以来追いかけてます。初めて見たときから衝撃をうけました。彼の絵は、「生きている」という言葉がしっくりくるのでしょうか。絵にも色々な表現方法がありますが、彼の絵の場合、やさしさと繊細さがあって、見ていてすごく心地良いんです。色にすごく深みがあります。繊細で優しいだけだとどうしても軽い絵になりがちですが、彼の絵には色の厚みや奥行きがあるのがとてもいい。色の明度をさげて厚塗りをすれば重厚になりますが、それだけじゃなくて、重厚感のなかに上品さを感じます。
あと、影が明るく優しいんです。光は白飛びで影は黒塗りといった単純な表現ではなく、人の目で自然を見たときの印象に極めて近く描かれている印象をうけます。彼の絵の場合、パープルとブルーのあいだの色を影に多用しています。だからこそ暗さの中に明るさがあり、光と影が分かたれていない印象を受ける。暗い影の中にも光があるという彼自身の世界観が描かれていて、非常に深みを感じます。
—絵を描くときのテーマなどはありますか
(本間) 今回の個展の副題にもあるのですが、万物流転ということですね。水だったり光だったり木とかの植物だったり、それらは見ていて変わらないようでも、全て移ろいゆくものです。一見同じような風景も、光の当たり方で刻一刻と変わっていきます。人間の生と死であったり、水の流れだったり、繰り返す時間の中で変わり続けるもの、というのを表現したくて描いています。植物を描く時も、実はその瞬間は咲き誇っているが、それも時間とともに変わりゆくもので、その一瞬の姿を切り取りたい。どんなに絵を描いてきても、これはずっと自分が描きたいものですね。
あと、自然を描くってすごく難しいことだと思っています。その自然を美しく描こうとすると、ついつい一番キレイな光の角度やベストな構図で書きたくなってしまいます。しかし、自然現象にはそんなに完璧なものっていうのは存在していません。自分の印象をもって見た自然はなぜかとてもきれいなんですが、それは完璧な美しさが存在するからではなく、移ろいであったり、一瞬だったり、生と死の循環というものが同時に存在するから。醜さを内包しながらもその中で一瞬の輝きを放つから美しい。視界の中に美しいものと日が当たらない風景があり、その均衡を捉えて人間は美しいと感じるわけでして、完璧な対象物を理想的に描くというだけではその美しさを全ては表現できないんじゃないかと思います。そういう意味でうつろいゆくものを書くというのは難しいテーマですよね。
—今後どういう医療空間を作っていきたいですか?
(矢野)アートと医療は本来シンクロしやすい分野だと思っています。医療は体の健康を守ることがその役割だとすると、アートとは本来的には心の健康を作り出すことができるものだと思っています。なので、アートと医療は心身両面の健康を作っていくGOOD BUDDYだと私は捉えています。しかし、現状は業界の構造上、医療とアートはとっても遠いところにある。医療は科学を軸に再現性を強みとし、アートは感性を軸に唯一無二性に魅力を持つ。これでは一見背反したものに見えますし、どうしても構造的に仲良くなりきれない側面を感じます。そういう意味で、チャレンジングではありますが、医療とアートがバランスよく調和した空間を今後も作っていきたいと思っています。